「いとしいひと」 (全年齢)男性1人用 15分程度

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題名「いとしいひと」
全年齢  男性一人用  15分程度

手術へ向かう彼女を見送る。
その後手術を終えて麻酔から覚めて目覚める間、彼女との思い出、自分の思いなどを回想し、彼女へ心の中で語りかける。
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うん、がんばって。
大丈夫。目が覚めた時もいるから。

待ってるから。行っておいで。

(手術に向かう彼女を見送る)

じゃあ、僕は君が麻酔から目を覚ますまで、君との思い出を振り返っていようかな。
君はきっと…。きっと目が覚めたら、僕を覚えてはいないだろうから。
かわりに僕が君のことを覚えてるから。

そのための復習だね。

君と初めて会ったのは高3の時。
受験生なのに、時期はずれに転校した僕はまだ友達も少なくて。

その日も学校から一人で帰ろうとしてたら、激しいスコールみたいな雨に突然やられて。
学校近くの公園の大きな木の下で雨宿りしてたら、そこに君が突然現れて、「捨て犬みたい」って笑われた。

衝撃だった。

今、考えると一目惚れだったのかもね。

同じ学校だってわかって、たまに話すようになって。
受験のために一緒に図書館で勉強するようになって。

僕と同じ大学に行きたいって言ってくれた時はすごく嬉しかった。

すごく嬉しくて、僕は自分が勉強するよりも、君の勉強を見てあげるほうに必死で。

一緒に大学受かった時は、嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。
思わず告白したよ。

オッケーもらえて、嬉しかった。

一緒のサークル入って、楽しかったね。

サークルの奴らとも親しげに話すから、結構ヤキモチ焼いてた。
そんな風に見えないようにしてたけど、すごいイライラしてるの、隠すの大変だった。

映画をいっぱいみたね。

ラブストーリーが好きな君とアクションが好きな僕は、いっつも何をみるか、お互い譲らなくて。

……折れるのは、結局僕で。

でも隣で泣いている君を見るのは、嫌いじゃなかったな。


君の家に初めておじゃました時、僕は不覚にも泣きそうになった。

母親しかいない僕は、正直君のお父さんとどう接していいかわからなくて挙動不振だった。

母親も仕事でほとんど家にいなかったから、お母さんとも何を話していいものかわからなくて…。

終始うまく話せなかった僕に、帰る時玄関でお父さんが…。

「次は酒持ってこい」って言ったんだ。

そしてお母さんが。
「お父さんが好きなのは麦焼酎よ」ってこっそり教えてくれた。

何も取り柄がない僕を。
君のことが大好きなことしか取り柄がない僕を、あたたかく迎えてくれた。
一人娘を奪おうとしているこの僕を、名前で呼んでくれた。

そんなあったかい家庭で育った君を、もっとずっと大切にしなきゃって思ったんだ。



その頃だった。
君がよく頭が痛いと言ってた。

今思えば、この時すぐに病院に連れていくべきだったよね…。

しばらくして、帰宅途中で倒れて病院に運ばれたって連絡受けて駆けつけたよ。

お母さんから脳に腫瘍があるって聞いた時、頭の中が真っ白になった。

でもすぐに手術をしなきゃいけない状態じゃないって聞いて、安心した。
安心…してたんだ…。

思ったより腫瘍が大きくなるのが早くて…、手術した方がいいことになった。
でも手術するには腫瘍があるところがまずい場所らしくて。

記憶分野をつかさどるところだから、手術後、後遺症として、手術前の記憶が曖昧になるか、なくなるかの可能性が高いと言われた…。 

それが一時的なものなのか、一生そうなのかは終わってみないとわからないということも。

この時ばかりは神様を呪ったよ。

記憶のあるまま少しだけ生きるのか。
記憶がなくなっても何十年も生きるのか。 

この二択しかないなんて。

僕ははじめ、僕のことを知らない君と過ごしていく人生は無理だなと思って、手術をするよう、すすめられなかった。

でもある日、君が言ったんだ。
「手術したら、私一人になるのかな」って。
「誰のことも覚えてないかもしれないなら、ひとりぼっちと一緒じゃん」って。

その時、僕は誓った。

僕を一人にしなかった君を。
僕の人生に当たり前のように入り込んできた君を。

今度は、僕が、君を一人にしないって。

5%ぐらいの確率で、そのまま記憶が残る可能性もあるみたいだけど。

僕は、君とのこれからを大事にすることに決めた。

そうだな…。
まず君にいちから覚えてもらって、仲良くなって…。
できれば好きになってもらって、それで…。

それでえーと、映画を見に行って…。
あー、最初にみた映画なんだったけな…。

それから…。

僕のうちの近くのコンビニにある君の好きなプリン、買い占めようね。
炭酸は苦手だから、いつも飲むのはオレンジジュース。
えーと…。

あっ、隣町の綺麗な花火大会のある夏まつりもまた行こう。
今度ははぐれないように手はずっと繋いでるよ。

それから…。
えーと…、それで…、それから…。
それ…から…。


あれ?やべっ。
泣いてる場合じゃないのに。



大丈夫。
君が僕を覚えていなくても、僕が全部覚えているから。

大丈夫。
一緒にみた映画のこともひとつひとつ教えてあげる。

大丈夫。
お父さんとお母さんとも仲良くできるよ。
安心して?

だから、がんばれ。
もう一度、一緒に生きて。


(手術終了し翌日病院にて)

あ、お母さん…。
昨日はお疲れ様でした。
目が覚めて、検査も終わったんですよね?

どう…でしたか…?

そう…、ですか…。
わかりました…。

会ってきてもいいですか?

大丈夫です、お母さん。僕は大丈夫です。

じゃ、いってきますね。



ふぅ…。

よし。

(病室のドアをノックして、入る)

あの、こんにちは。はじめまして。
僕、君の学生時代からの友人なんです。

いろいろ不安なことも多いだろうけど…。

君のそばにいて力になりたいんです。

えっと。
毎日顔出すんで、これからも…、あーいや…。

“これから”よろしくお願いします。

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